イプラトロピウムについての質問に答えます

1/18日のコメント欄にてRacing Blog 2007のBIRDさまから質問を頂いたので答えようと思います。
これに関連したBIRDさまの記事はこちらですのでまず一読を。
Racing Blog 2007:イプラトロピウムが禁止薬物に、というニュースについて
さて、私は薬剤師ではありませんし、獣医でもありません。仕事上で薬についての知識を要求されるとはいえ、イプラトロピウムという物質名を知ったのはディープインパクトの件がきっかけです。ですから、厳密に言えば門外漢であるということは諒解しておいて下さい。そしてあくまでも個人的な見解に過ぎませんので、それが正しいかどうかの判断は各人にお任せいたします。
イプラトロピウムについてもう一度言いますと、この薬物は抗コリン拮抗薬であり、副交感神経伝達物質であるアセチルコリンを競争的に阻害します。細胞にあるアセチルコリン受容体に先回りして結合する事で、アセチルコリンによる神経伝達を妨げるのです。そしてイプラトロピウムの具体的な作用としては気道平滑筋の収縮の阻害です。これは副交感神経(アセチルコリン)が気道平滑筋の収縮を支配するからです。
気道平滑筋は3種類の神経の支配を受けており、副交感神経(アセチルコリン)が収縮を、交感神経(アドレナリン)ともう一つ別の非アドレナリン作動性の抑制神経が拡張(筋肉ですから本来この表現はおかしくて、厳密には弛緩です)を支配します。平滑筋ですから自発的には動かす事が出来ません。何らかの刺激を気管支に受けた場合は平滑筋が収縮します。弱い刺激で平滑筋の収縮を起こす状態が喘息です。イプラトロピウムの本質はこの収縮を妨げる点にあります。

あくまで収縮を妨げるだけで、拡張はあり得ないのでしょうか?

という部分に対しては、イプラトロピウムの本質から言えば拡張はありえないと答える事が出来ます。ただ、交感神経と副交感神経は拮抗して作用しているので、副交感神経を抑えるということは交感神経の支配が強くなって、その結果としてならば拡張もありえるとは言えます。ただし、それは本質ではありませんし、元々運動時には交感神経が優勢ですから、大きく影響するようには思えません。
もう一つの喉鳴りとの関連ですが、こっちはもっと門外漢です。まず喉鳴りとは何かから見ておきましょう。

主に迷走神経の分枝のひとつである反回喉頭神経が片側麻痺することによって起こるが、周辺のほかの神経の麻痺もからんで、原因が複雑な場合もある。反回喉頭神経は声門の開閉を支配しているため、同神経の麻痺は声門の開放不全を引き起こし、上気道狭窄の原因となる。上気道狭窄は、運動によって換気量の増加したときの上気道抵抗を増加させるため、罹患馬は運動負荷が一定のレベルを超えると換気量が十分に確保できなくなる。これは競走馬の競走能力の重要な指標である心肺機能が制限されることを意味し、競走馬の競走能力を制限する。
Wikipedia: 喘鳴症

#上気道狭窄っていびきと同じか…
気道が広がったからと言って、声門などに影響を与えられるとは思えません。あと、筋肉というものは、収縮する事によって働きます。伸びる方向には力を発揮しません。だから弛緩と書いたわけですが、当然筋肉を弛緩させて能動的に何らかの作用をさせるということは出来ません。あくまでも筋肉とは収縮することで作用するのです。

科学的なアプローチ

BIRDさまは同記事中で

JRAは「どのように」競走能力に影響を与えるか説明すべきだろう。

とおっしゃっていますのでこの部分について少し。
先行論文で「イプラトロピウムは競争能力向上に寄与しない」と言われている以上、これに対しては論文を以って反論しなければなりません。健康な馬と喉鳴りのある馬では違うと言う場合も同様です。
となればやるべき事は、1.統計的に有意な母数を確保し、2.二重盲検法による試験を行い、3.結果を論文として学術誌に投稿するという辺りでしょう。治験じゃないんだから二重盲検法までは要らないかも知れませんが、少なくとも論文には論文で返さなければいけません。JRAがどんな説明をしたところで、論文がなければそれは裏づけの取れていないことと言われても仕方ないのです。
#しかし競争能力って実に複合的で曖昧なんでデータとして取り扱うのは難しいかな…
#最大吸気量?みたいな定量的に見られるデータなら分かりやすいんでしょうが…